IE9ピン留め

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 漢検  

漢検会場、来ています。
私が受験ではなく、ムスメが9級受験。その付き添いです。

昨年は10級、新横浜の岩崎学園が会場でした。昨年は私も受験(2級)して、一緒に新横浜まで行ったけれど、今年も新横浜まで、しかも付き添いでわざわざ行くのも面倒~とぶちぶち思っていたら、今年はなんと東戸塚!近い!ラッキー。付き添いで行っても嫌にならない程度。

ただ、やはり同じ年代の子が受けてるので、やはり付き添いの親が多い!しかも親Powerみなぎってる!目の前にして圧倒されてます_| ̄|○

ところで9級受験会場前の壁に貼られている注意書き。

これだけ難しい漢字読めたら、9級受けないわな、と胸の内でそっと毒説。
ええ、親のための注意書きってことぐらい、わかってます。でもこういうボ◯にはツッコミいれなくちゃ(^^;;

# by haru-0425 | 2012-01-29 11:46 | 子ども | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 不意打ち  

今朝の地震。
まだ家族で布団の中で遊んでました。
急に下からドンドン。
でも次の瞬間には何もなかったので続けて来るなんて思わず。
よく考えてみれば、縦揺れなのだから震源近いということなのに。
ぐらぐら。
何度経験しても嫌なもの(>_<)

TVをつけたけれど今朝は速報は遅かった。特にNHK。震源は河口湖と、iPhoneアプリの揺れ来るコールで知りました。
そして続けて、より大きな揺れ。
震源は同じ。富士山爆発?と本気で考えました。

今まで震源が茨城や千葉が多くて、自分のいるところで下からズドンは忘れかけてた感覚。まさに不意打ち。

午後、聞きたい講演会があるといって申し込みをして、川崎まででかけた夫。子供達と三人で留守番。時々ミスド。

この不穏な大地の揺らぎ。
収束しますように。

# by haru-0425 | 2012-01-28 17:00 | 日常 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 今年度終了  

長いなが~い授業期間が今日終了。
つまり、今年度の授業日程を消化したということです\(^o^)/

まずは子供達、授業のある時の発熱回避、ありがとう。四月に上のが熱を出して、その時はもともと夫が会社休む予定の日だったので、私は休講にしなくて済んだ。
下のは熱を出したり、ものもらいになったりしたのは私の夏休み中だったので、仕事を休まずに済んだ。
私自身も風邪は何回かひいたけれど、熱も出したし辛かったけれど、なんとか乗り切った。

仕事を休まないで年度末迎えられ、内心涙、涙。家族に感謝。
私のように留学生相手だと、休講にしてその補講をしなければならなくなった時、学生達にアルバイトを休ませなければならない。彼らはアルバイトで生活費まかなっているので、それだけは何としても避けたいのです。ただでさえ日本での生活が苦しいのに、アルバイトの時間をさくようなことは極力さけるようにしたい。

さて、あとは成績処理、会議、来年度の準備、研究。まだまだ引きこもりの日が続きますが( ; ; )

でもとにもかくにも、通常業務が終わって、言いようもない解放感。暫くこの解放感を味わっていたいけど、この後は次々と子供達の行事が組み込まれてます。
授業期間中は子供達にも頑張ってもらったし、こういう時にはきちんと小学校、保育園の方に注力せねば。

今宵の月。
帰り道、ムスコは、「お月様とお星様、仲いいね~」
意外と詩人ね、あなた(^_−)−☆

# by haru-0425 | 2012-01-26 17:18 | 仕事 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 雪、ふたたび  

今朝も雪。
というか夕べ降ったらしい。
降ったらしい、というのは、横浜はさして大雪ではなかったのです。霙っぽかったというくらい。ま、朝多少うっすらさた光景もありましたが。
今朝はまずムスコの保育園継続書類を区役所に提出、そしてムスメの学校に行って学習発表会を見に行かねばならない。忙しい朝でした。
唯一ゆっくりできたのはここでぐらい。

区役所が開くまで過ごした喫茶店、珈琲貴族。近くにある塾で大学生時代バイトしてたので、当時も入ったことあるのです。
地元の街は再開発が目覚ましいのだけど、ここだけは時間の流れが止まってる。
30分ほどですが、心地いい空間と時間をありがとう、マスター。

そして無事書類提出。
小学校へ。
ムスメのクラスは生活科で地元の街のお店を前期に訪問しているので、今日はその学習成果の発表。ムスメははじめの言葉も担当。

緊張している様子に見られたけど、後で聞いたらたいして緊張はしてなかったらしい。ま、無事にこちらも終えることができました。


その後都内へ。
職場に行ったのですが、都内は結構降ったのですね。地下鉄駅から上って見た世界に驚き。
昨日の雪は局所的に激しく降ったらしく、たまたまそれが都心になったらしい。職場最寄り駅から職場まで、滑りそうで怖かった(>_<)

明日の朝は凍結してなければいいけど。

早く暖かくなって欲しい。
春が恋しいな。

# by haru-0425 | 2012-01-24 19:59 | 子ども | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 雪!  

最近、ほんと寒いです。
冷え性には辛い。
加えて昨日はとうとう雪が降りました。

昼から出勤だったのですが、この日は電車で行くところではなかったことはよかった。でもこちらは普段車で行っているので、昨日くらいの雪で車はやめようか強行突破しようか迷いました。
当初、傘を車においていたので取りに行き、駐車場外を歩いてみると。。。これ、車で行けなくもない。ええーい、帰りにちびたち二人いることだし、車で行っちゃえ!とハンドルを握りました。

ところが…車路を走っているうち、運転してみなければわからない、道路のシャーベット感覚。これ、勤務先でわりと日陰の駐車スペースを割り当てられるので、結構ヤバいかも…そうこう思っていると、車路途中にフード宅配のヨシ●イの軽トラが。これをよけるのも普段は何も問題ないのに、この雪の中ではちょい怖いかも。
加えて、うちのマンションの車路は、一般道路に出るときかなり急な坂を上ります。その時点でびくっ!やめやめやめい!バスに乗って通勤にしよう!

そう思って、最初の信号まで運転し、そこで方向転換してマンションに戻って車を置いたのでした…

かなりの時間のロスをしつつ、職場のオフィスに着き、そこでの眺め。
結構住宅の屋根にもうっすらと雪。


この日、なんとかこの期の授業を終了。
緊張の糸がふと切れた感覚。でもまだ試験の採点、成績処理があるので、まだまだ気が抜けません。

問題は帰り。うちまでは歩いて帰れない距離でもない。でもこの寒さ!できるならバスに乗りたい。でもやはりこの寒さ、きっと学生たちに占拠されているに違いない。う~む。
悩んで(悩むほどか?)歩いている中でもこの風景。

いつになく寒々とした光景。

でも結局寒い中バスを待っているより、歩いたほうが早いし、所用があって急がなければならないので早歩きでてくてく帰りました。
自宅に着くころには体が火照ってぽかぽか…

オツカレ、ジブン。

# by haru-0425 | 2012-01-21 20:23 | 季節感 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 2年前のmixi日記より  

2年前にmixi日記に載せた文章です。
私の阪神・淡路大震災の被災経験について綴りました。
防災・減災の一助になればと思い、こちらにできるだけカットしないようにして転載します。
2年前の文章ということを頭において読んでいただければ幸いです(ですから「15年前…」などと書いています)

*********************************************

(1)
毎年(昨年は入院中で書けなかったけど)書いている、私の震災への思い。
長くなってしまいますが、お時間のある方は読んでください。



新しいマイミクさんのために書いておきますが、私は15年前のあの時、神戸市長田区というところに住んでいました。
当時は新婚10カ月で、まだ駆け出しのオットと当時勤めていた電機メーカーの社宅に二人で住んでいたのです。
全く親類も知り合いもいないところに、二人で一から始めていた矢先でした。

二、三日前からインフルエンザで高熱を出していて寝込んでいて、そろそろ治りかけの時。
朝、突然の激震。
関東育ちであるため、地震ということわかりましたが、だからといって何もできるわけではない。
大きく揺れるたびに、もう死ぬんだ、次には死ぬんだということを覚悟しました。

幸い私の社宅は、「鉄骨コンクリート」造りで頑丈にできていたので、つぶされることもなく、部屋の中は酷いことになっていたけどなんとか生き残っていました。
でも窓から見える家からは瓦がなくなっているのはもちろん、壊れまくり。
とりあえず避難しようということで、近所の小学校に行くも、当時はまだそんなに危機管理体制は整っていなくて、体育館はおこか門も入れず。そうこうしていて私のインフルエンザがぶり返してもいけないと、家に戻ってみると、暫くしてTV回復。京都で死者2人と報道しているけど、これはそんなことでは済まされないでしょ、と思っていました。

電話が通じないので、横浜にいる親たちに「とりあえず無事」と知らせることもできず。親は死んだと思っていたそうです。

夜になって長田の大火ともいうべきあの火事が迫ってきた時は、自分自身「半狂乱」になっていました。自宅が燃えかもしれないと思って、どうしていいかわからない。社宅中の人がそんな感じ。火が真っ暗ななか近づいてくるのは、本当に怖いものでした。
結局我が家には火は来ませんでした。
近くを走る電車の線路で火は止まったようでした。でも明るくなってから見た長田の町は、目も当てられない状況でした。

以来私は町が焦げたにおいを嗅ぎながら、過ごしていたのです。

(2)

TVがついたということでおわかりでしょうが、電気はすぐに通じました。電話も二、三日後に通じました。
水道、ガスは3カ月後までダメ。でも電気が通じればなんとか生活はできて、激震後二日間はその場で生活しました。

でもいったん横浜に戻ろうということに。
でも鉄道は横浜どころか大阪、神戸の中心地・三宮にまでも行けない(当時大阪には小一時間、三宮までは20分あれば出られる交通の便の良さが自慢の場所でした。)
関東地方の方にはわかりにくいけれど、結局、最寄りの板宿という駅から地下鉄で西神中央というところへ、そこからバスで明石へ、西明石から新幹線で岡山へ、岡山から飛行機で羽田へ、というルートで帰りました。

無事横浜に帰れたけれど、報道される死亡者の数が、どんどん増えていくのがたまりませんでした。

オットの仕事もあったので結局すぐに帰神。
やはり岡山へ飛び、それから東へ向かい、最終的にJRで須磨という駅についてからタクシーだったのですが、タクシーから見える焼け野原に、涙が止まりませんでした。

当時私たちは自転車であっちこっちを走り回っていたのですが、その町が黒焦げになっている、言いようもないにおいが立ち込めている。ここで何千人と言う人が亡くなっていて、自分たちは今そこにいるんだ…そして自分たちはなぜか生き残っている。
それから毎日のように漂ってくるお線香のにおい、読経の声。
家が焼けたあとに建てられた立て看板(「●●生きています」とメッセージが書かれたもの)。

それから、何が自分たちを生き残らせたのか、あの瞬間で死ななかったのは何故なのか悩む日々でした。

(3)


当時知り合いが少なかった関西での生活だったのですが、その数少ない知人でも亡くなったという方はいませんでした。

でも私が非常勤で働いていた塾は壊滅状態。
暫くして壊れたビルの間をくぐってその塾にたどり着いて、生徒が1人亡くなったということを告げられました。でもそれが自分が担当していた子なのかどうかはわからずじまい。あとよくお喋りしていた非常勤の先生仲間とも以来音信不通。その塾も人を雇えないということで、仕事ができなくなりました。

長田の町はあれほどの大火でしたから、千人単位での死者だったと思います。毎日同じ時間に自転車ですれ違っていた、足の悪い男性、助かったのだろうか、古いケーキ屋のおじちゃんは無事だったのか。消息もわからない。
顔見知りだっていうことは、その人とは何も繋がらないんだ、と実感しました。


私が震災後にショックだったこと、もう一つ。

暫くして、大阪の友人のお母さんが、大変かもしれないけど、気晴らしに大阪に出てきては?と言われて、電車を乗り継ぎ乗り継ぎ行ってみました。
行ってみた大阪・梅田の町はきらびやか。
陰惨とした神戸と数十キロしか離れてないのに、別世界。勿論震災での被害は大阪も大きかったと思うのだけど、華やかなOLさんたちに、「私たちはまだガスも水道も通らない生活を送っているのに」と八つ当たりしたくなったものでした。

それだけ震災は局所的なものだったともいえるのです。
でもそこの中心では、被害が尋常ではない。
人類が作ってきた「街」という文化は、本当に脆く危ういものなのだということを感じました。

あと思うのは、長田の町というところは、戦後作られた木造住宅が本当に多かったのです。それも素人目からでも、地震が来たらアウトじゃんと思うような家が密集していたのです。
その町の作りを行政がきちんと把握していなかったのか。
私が15年間抱いてきた怒りです。

(4)

長くなりました。これで終わらせられればと思います。

阪神淡路大震災の1月17日、あるいは関東大震災の9月1日が近付くと、みんな地震に対して意識が高まる。勿論私も我が家もそうです。
でもやはり常日頃、それが必要だと思っています。

地震の揺れ自体に備えるのは勿論大切だけど、その後、火を出さない、食糧を確保しておく、避難経路を確認しておく…あぁ!最近怠っている!
何よりもせめてもの手だてで最近確立できたのは、子どもたちのこと。今春1号が2号保育園の隣にある小学校に通うというのは、私からすれば安心材料の一つです。親達が職場から帰ってこられなくても、なにはともあれ二人が同じところに避難するという点で。

そしてほんとはしておかなければならない事の一つに、職場から歩いて帰宅できるかどうか確認すること。
それは無理でも、車で道を確認することは、近いうちにやっておきたい。
あと職場に運動靴は置いておかなくては…


15年もたつと、喉元過ぎれば何とやら…で危機感が本当になくなるものです。ただ私の場合、被災経験を持つ者、その後何千人が亡くなっている町で暮らしてきた者として何かを伝え残しておく義務があると思います。
「生きる」と「死ぬ」って本当に背中合わせで、今生きていてもいつ死ぬかわからないと頭に置いていながらの15年でした。

震災の経験は、決して綺麗事だけではありません。
「生きる」ってことの裏には、人間のあさましい実情も隠されていて、震災後、あの町で信じられない事もあったし、当時の私は激怒して泣いた経験もあります。でも表に見られているように、人と人の関係も濃いものになったり。だから良くも悪くも「生きる」ということが凝縮されいてると思えたりします。


そんなことを感じながら、先ほど5時46分。
15回目の黙祷をしました。

黙祷は、生きている限り続けていくつもりです。


震災の経験を一気に書きました。
(一気に書き上げたので、誤字脱字、不適切な表現があったらすみません)
マイミクのみなさんの心の片隅に、そういう経験をした人もいるんだ、と今日一日残しておいていただければと思います。

# by haru-0425 | 2012-01-17 23:11 | 日常 | Comments(3)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 3歳になった途端に  

昨日のことですが、ムスコが無事に?3歳になりました。

あー、ここまであっという間というか、やれやれ、というか。
彼が産まれてから、ムスメの小学校生活が始まったので、そちらに振り回され、あまりムスコの子育ては真剣にしていないよーな…
何しろ、ジェットコースターのような毎日。怒鳴らない日はありません。

そして、3歳になったとたん、動きが激しくなってきました。

公園のジャングルジムもお姉ちゃんと一緒にてっぺんまで登ります。
ジャングルジム、もうちょっとユーザー視点で作ってくれないかなぁ。子どもをサポートする親が入りやすいようにはなっていない。ここは古い公園なので、新しい基準の遊具はそろっていないのですが、それでもうちの近所のジムとかも親には扱いにくいもの。
親だって高齢出産、高齢育児しているんだからさ~、それに合わせて扱いやすくしてよ、なんて勝手なことをつぶやいてみる。

あと、うちの子だけには限らないことなんだろうけど、走るとき足が地についてない。
宙を浮く時間が目に見える。
その走りっぷりで坂道とか下っていくのだから、いつ怪我をしてもおかしくない。

そして誕生日プレゼントのストライダーに挑戦。

いや~、まだまだですわ、saanaちゃん。まだ地面を足でキックするということ理解してくれないし。
でも三輪車や補助輪つき自転車よりも親は持ち運びしやすい。飽きてほっぽっても軽々運べる。


今日の夕方、ムスメの同級生男児のママから、小さくなった洋服やらをごっそりもらう。
すごい量に、感謝感謝。
ところがシャツにプリントされていたこのキャラ。

これにはゴーオウジャー?とか書いてあるのだけど、今流行っているのはゴーカイジャー?その二者の違いはどこ?マッタクワカリマセン(><)

以前、男児は戦闘ものと機械もの(車とか電車とか)の二つに分かれるよとママ友に言われたことがあって、うちでは戦闘ものは嫌だねということで機械ものの方に関心を向けようとそちらのおもちゃを買っていたのですが、保育園に行くと自然とゴー●●ジャー系の情報は入ってくるようで。
ムスコも「ゴーカイジャー」という単語に敏感に反応してました。

でも母はそれに気づかぬふり~♪(買いませんよ、の意思表示)

# by haru-0425 | 2012-01-15 22:18 | 子ども | Comments(4)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 春休みやる!こと  


写真は昨日の退勤途中の東京の空。
昨日は寒かった~!
ここのところ寒いので、冷え性人間にとっては酷くつらいところ。

ところでお題の「春休みやる!こと」。
職種上、春休みが2月上旬から4月初旬までというなが~いのですが(その間、会議や新年度の準備、研究活動などやることはいろいろあるのですが)、その間にやらなければいけないことの列挙。

1.生活環境の整備

…といっても単純に言えば「掃除」。
今担当している日本語教授法の授業など諸々の書類がたまっていて、不必要なものもたくさんあるし、一気に処分したい。また古い書籍の処分もしたい。
クローゼットの中もすっきりしたい。
昨年のおまつり委員の仕事の時に購入してしまったB4のコピー用紙、あれどうする!?

と、何をおいても掃除、掃除、掃除。
ついでにいえば、障子の張り替えもしたい。


2.語学の勉強

英語は勿論職業柄必要になるので絶対に「復習」するぞ~と思いつつ、なにか引っかかる。
英語のネイティブと話してても、職業病のせいか、この人、英語学習者に対するインターアクションとしてなってないんじゃないかとか、色々考えてしまう。
まぁ、英語に関してはきちんと新しいスタートを切るつもり。

あと中国語。
もう中国語4級をとったときの知識は昇華しつつあるので、また再スタート。少しでもいいから前に進めるように。


3. 地元WMのmixiコミュをきちんとしたい

実はmixiにおける地元のワーキングマザーのコミュの管理人の私。でも実質なーんにもしていない。
と、いうのも、前管理人の人が始めたものなんだけど、結局は保育園の入所に関してどうですか?ぐらいしか実働してなくて、有名無実状態。はてはて。
今私もなーんもしてない。

でもせっかくのWMコミュ。きちんと動かないともったいないんじゃない…?という気がしてきた。
特にWMって(私はそうでもないけど)社会において、目に見えて有用な働きをする仕事の人が多い。
例えば看護師さん、薬剤師さん、保育士さん、学校その他の先生…
他の人の日常生活においてもとても大切な仕事なので、そういう「財産」を生かして、コミュを運営させていくことだってできるのではない?
あと、特に今、災害について母親業をしている人たちは皆関心を持っているわけだし、避難所はどこだとか、各保育園でどういう取り組みをしているだとか、そういう情報交換の場として。

4.研究会、勉強会への参加

専門分野の各研究会は今年春もたくさん開催される。
こういう催しは大概土曜に行われるのでなかなか難しいのだけれど、その分平日に子供たちとも接する時間を長くして、土曜の研究会にも積極的に出たい。
といっても今のところ、参加予定しているのは2つだけなのだけど。

あと、WMの勉強会も参加してみたい。
育児と仕事の両立というテーマのみならず、WMの方々の働く現場から得られる豆知識っぽいもの、きっと自分の現場にも生かせるはず。


そんな感じで、やりたいこと、やらねばならないことは山ほどある。
春休みが終了するときに、これはまあまあ達成できたんじゃない?と言えればいいな。
To doリストは短期で設定した方がいい!?

# by haru-0425 | 2012-01-13 22:37 | 日常 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ヘビーな連休  

小学生はこの3連休を最後に冬休みが終わります。(長かった!)
3連休は近場へのお出かけ三昧。お金をかけずともお正月の行事を堪能できる。いいことだ(^^)
まず土曜日は11:30から地元消防団の出初式。
実は地元在住歴30年近くになるのに私も夫も見たことがありませんでした。
これほど迫力あふれて、にぎわっているとは!

昨年震災後にYMCAに来た消防隊の人たちが被災地での活動をお話ししてくださったけれど、やはり消防隊、消防団に頼るところは大きい。日ごろの訓練のたまもの。感謝。しかも消防団の方々はボランティア。頭が下がります。

そして昨日は実家の町内会でのどんど焼き。
合わせて新年会っぽく、お正月の伝統遊びなどもやらせていただける。なかなか家族単位ではこま、羽根つき、竹馬などなどそろえるのは難しいし、順番さえ守ればやりたい放題なので、朝早くまだ人もまばらなうちに会場に到着したうちの子たちは興奮気味に。



ムスコは知らないオバチャンと羽根つきやら竹馬やら。2人とも人見知りをしないキャラなので、年配の方々に相手にしてもらいやすい。親としては結構有難い。

最後にお獅子の舞。
これにはムスコは号泣。頭をかんでもらうとその一年健康に過ごせるという言い伝えにのっとって、姉は頭を(例年の如く)お獅子に突き出すものの、弟はいやいやいやー!!と大暴れ。でも強引にやってもらったけど。

今日は写真こそないけれど、近くのスーパー銭湯湯快爽快へ。
男グループと女グループに分かれて入浴。ムスメはもう大きくなったから一緒にのんびり入れたけれど、夫はまだ小さいムスコと一緒だったからてんてこ舞いだったんだろうなぁ…


ところで、先ほど触れた知らない人に気遣ってもらえることについて。
今日の夕食時、ムスメ(小2)と話したこと。もし私も夫も東京の勤務地にいる時に大震災があって、何日間も帰ってこられなかったらどうするか、ということ。
考えてみたら、首都圏に大震災が起こったとしたらあり得なくもないし、不幸にして夫婦で命を落としてしまった場合、祖父母も小学校&保育園に来られなかった場合、どうしたらいいのか…そのことだって考えなければならない問題。
3歳に手が届きそうな程度のムスコに話をしても無理なので、ここはムスメに「万が一」の時を話しておかなければならない。でもみんな、そんなケースのことをどのように子供に話しているんだろう…。
私は震災後担任の先生が家庭訪問にいらした時に私たち夫婦の勤務態勢について話しているし、都内勤務なのですぐには帰れないことも話したら、先生は「お母さんが帰ってくるまでお子さんは絶対に守ります」と心強いことを言っていただいた。
でもそうまでしないと、学校の先生には伝わらないし、それは親として行っておくことは必須だと思う。

それだけでも足りない。
仮に本当に「お母さん」が帰れなかったら?

今日、改めて、ムスメには私たちが帰れない状況が続いたときについて話しました。
1)市内の比較的近くて、学校から連絡が取りやすい勤務地にいるオット兄のことを先生に言って、連絡してもらう。
2)地方にいる私の兄の仕事を先生に話して、連絡してもらう。難しい職業なので、わかりやすい言葉に変えて彼女にも説明できるように噛み砕いて理解させる。

やはり親類の仕事についても小学生になったら理解させないといけないな。
特に震災時は遠方にいる人がかなり頼りになるので、そことの連絡はきちんとできるように。

1月17日が近付いている。
はやり一つ一つ、防災・減災対策、リスクマネジメント、再認識しなければいけないな、と。

# by haru-0425 | 2012-01-09 23:28 | 子ども | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 今年やりたいこと  

今日から仕事が始動。といってもまた三連休ですが。
なんにしても体を動かすのはいいこと(^^;;

新年初授業。
そんな私を最初に迎えてくれたのは、この子でした。

学内に住まわれているニャンコ。
学内では餌やり禁止だけど、何故か毛並みがいい。
私はどう考えても犬型人間。多分私を知ってる人10人に聞いたら10人が私のことをそう思うと思う。多分忠誠を誓ったら、その人にあくまでも従う人間だろうな。威嚇しやすいし。ここ、犬的。
だけどほんの1%ぐらいだけど、猫的気まぐれさもあります。猫なで声で相手に擦り寄るようなところもないわけではない。
のほほんとしている猫を見ていると、そんなこと考えます。

さて、
今年やりたいこと。
まずは、語学の勉強。ステップアップしたくてある一つの挑戦をしようかどうしようか迷っている。

そして、ある社会貢献も手がけてみたい。これはまだ構想練ってる最中だけど。

時間をかけてピアノも練習したい。

写真撮影もじっくりやりたい。旅先での写真、もっとうまく写せるようになりたい。

やりたいことは山ほどあるけれど、使える時間は限られている。
その僅かな時間をうまくやりくりできる時間マネジメント能力をつけることが、最大の課題かな。

# by haru-0425 | 2012-01-06 21:08 | 好きなこと | Comments(0)

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